困難は、やさしさの足場を育てる

「安心させてあげれば、人は回復する」私たちは、どこかでそう信じています。
もちろん、安心や受容はとても大切です。
心が張りつめているとき、守られる時間がなければ、人は立ち直れません。
けれど実際の臨床や対話の中で、こんな声に出会うことがあります。
- 休めているはずなのに、どこか苦しい
- 優しくされているのに、満たされない
- 楽になったのに、前に進めない感じが残る
これは、性格の問題でも、努力不足でもありません。
優しさの構造の問題です。
安心が「回復」につながらないとき
人は、安心することで「力を抜く」ことはできます。
でもそれだけでは、必ずしも「回復」には至りません。
なぜなら回復とは、単に緊張がほどけることではなく、
「私は自分で選び、立ち直れる存在だ」
という感覚を、再び取り戻すことだからです。
安心だけが続くと、心は守られても、自分の力に触れる機会がないままになることがあります。
その結果、
- 楽なはずなのに空虚
- 休んでいるのに焦りが残る
そんなズレが生まれます。
これはとても自然な反応です。
心理学的に見る「優しさ」の要素
心理学では、人が健やかに回復していくために、次の3つがバランスよく必要だと考えられています。
- 受容(安心・共感)
否定されず、守られている感覚 - 境界(ここまでと、ここから)
やってもらう部分と、自分が担う部分の区別 - 自律性(自分で選べる感覚)
「私はできる」「私は選べる」という実感
安心だけでは自律性が育たず、境界だけが強いと、人は萎縮してしまう。
だから、本当の優しさには、やわらかさと同時に強さが要るのです。
「厳しさ」とは、冷たさではない
ここで言う厳しさは、突き放すことでも、我慢を強いることでもありません。
それは、
- 必要なところまでは支える
- でも、代わりには立たない
- 戻ってこられる場所は、ちゃんと残しておく
という姿勢。
この関わり方は、相手に「信じられている」という感覚を渡します。
だからこそ、その優しさは足場になります。
今、大変さの中にいる人へ
もしあなたが今、
- しんどさの中にいて
- 立つ気力もなく
- ただ耐えているだけだと感じているなら
その時間は、決して無駄ではありません。
今はまだ、何かを支えられなくてもいい。
何者かにならなくてもいい。
ただ、その場所を通っているという事実が、いつか、
- 誰かを急がせない優しさ
- 自分を追い込まない強さ
として、形を持つことがあります。
苦しみを越えたから優しくなるのではなく、苦しみの中で、優しさは鍛えられていく。
おわりに
どうか、あなたが通ってきた厳しさや葛藤が、やさしさへとつながっていきますように。
困難が、あなた自身の中に優しさの足場を育てていますように。
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