今を満たすことは、未来を諦めることじゃない― 自分を受け入れることと、自分を超えていくことは両立する

「今の自分を受け入れましょう」心理の世界では、よく聞く言葉です。

ありのままの自分を認めること。
できない自分も、迷っている自分も、そのまま否定せずに受け止めること。
それは、とても大切なことだと思います。

でも一方で、「今の自分を受け入れたら、変わろうとしなくなるんじゃないか」
「今を大切にしていたら、成長できなくなるんじゃないか」そんなふうに感じる人もいます。

私自身も長い間、どこかでこの二つを反対側に置いていたように思います。
今を受け入れるのか、それとも未来へ進むのか。
今に満足するのか、それとももっと先を目指すのか。
でも今は、この二つは反対ではないと思っています。

目次

自分を受け入れることは、あきらめることではない

たとえば、「今の私は、まだここまでしかできない」そう認めることと、「だから、もうこれ以上は無理」と決めることは違います。
心理的に見ると、自己受容というのは「現状に満足して変わらなくなること」ではなく、今の自分に起きていることを、できるだけ歪めずに見ることです。

本当は疲れている。
本当は怖い。
本当はもっとやってみたい。
そうした今の自分の状態を否定せずに認識する。
つまり、自己受容は「停滞」ではなく、現在地を知ることなんです。

現在地がわからなければ、どこへ向かうかも決められません。
本当は疲れているのに「もっと頑張らなきゃ」と走り続けたり、本当は違和感があるのに「これが正解だから」と進み続けたり。
そんなふうに、今の自分を置き去りにしたまま未来だけを見ようとすると、いつの間にか誰のために進んでいるのか、わからなくなることがあります。

人は「変わりたい」と同時に「変わりたくない」

私たちの心には、少し矛盾した働きがあります。
変わりたい。でも、今のままでいたい。
もっと進みたい。でも、知らない場所へ行くのは怖い。
これは意志が弱いからではありません。

人の心には、安心できる状態を維持しようとする働きがあります。
たとえ今の状態が少し苦しかったとしても、慣れているものは予測しやすい。
予測できるものは、心にとってはある意味「安全」です。
だから、「もっと変わりたい」と思いながら、同時にブレーキをかけることも起こります。

この時に、「変われない私はダメだ」と自分を責めると、変化のためのエネルギーより、自分を守るためのエネルギーの方が強くなってしまうことがあるんです。

自己否定からの変化と、願いからの変化

同じ「変わりたい」でも、「こんな自分じゃダメだから」「もっとできなければ価値がないから」と、自分を否定するところから変わろうとしている時と、「もっとやってみたい」「こんな自分も生きてみたい」と、願いから動いている時では、心の中で起きていることが少し違います。

前者には、不安や恐れが強く関わっています。
たとえば、「ちゃんとしなきゃ」「結果を出さなきゃ」という前提が強いと、自分を否定することが変化の原動力になりやすい。
すると、どれだけ頑張っても「まだ足りない」「もっとやらなきゃ」が終わりにくくなります。

一方で、「今の自分も悪くない。でも、もう少し先も見てみたい」という変化には、今の自分を土台にした自然な好奇心や願いがあります。
もちろん、実際の私たちの気持ちはそんなにきれいに二つに分かれるものではありません。

不安もある。期待もある。
怖さもある。楽しみもある。
それでも、「私は今、自分を否定して変わろうとしているのか」それとも、「今の自分も認めながら、もう少し先へ行ってみたいのか」そう問いかけるだけでも、選び方は少し変わってきます。

今を満たすことは、未来を諦めることじゃない

「今を大切にする」と聞くと、未来を考えないことのように感じる人もいるかもしれません。
でも、私はそうではないと思っています。
今を満たすというのは、今日を適当に過ごすことでも、向上心を捨てることでもありません。
今の自分が何を感じているのか、何を大切にしたいのか、何が心地よくて、何に違和感があるのか、それをちゃんと感じることです。

心理的には、自分の感情や身体感覚に気づけることは、「今の自分に何が必要なのか」を知るための大切な手がかりになります。
焦りがある。
疲れがある。
ワクワクする。
なぜか引っかかる。
そうした感覚を無視せずにいることで、「本当はどうしたい?」という問いに少しずつ答えやすくなります。

未来というのは、今と切り離された場所に突然現れるものではなく、今日の選択の先に、少しずつ形になっていくものです。
だから、今を満たすことは、未来を諦めることじゃない。
むしろ、今をちゃんと生きることが、自分の未来を自分で選んでいくことにつながっていくのだと思います。

自分を受け入れることと、自分を超えていくこと

私たちは時々、「これが私」という言葉を使います。
でも、この言葉にはいろんな意味があります。
「へぇ、こんな自分もいるんだ」
「私、こんなことを感じるんだ」
そんなふうに、今まで知らなかった自分に出会った時にも「これが私」は出てきます。
自己理解って、「本当の私はこれ」とひとつに決めることではなく、知らなかった自分を少しずつ知っていくことでもあるんですよね。

そして、今まで自分を否定してきた人にとって、「これが私でいい」と思えることは、とても大きな一歩です。
ただ、その言葉がいつの間にか「私はこういう人だから変われない」「昔からこうだから仕方ない」に変わっていくこともあります。

今の自分を認めることと、未来の自分を決めつけることは違います。
自己理解は、自分を固定するためにあるのではなく、選択肢を増やすためにあるものです。
「私はこういう傾向がある」と気づいたうえで、「でも今回は、別の選び方をしてみてもいい」と思えること。
そこに、少しずつ自由が生まれます。

今の自分を否定しなくていい。
でも、今の自分に縛られなくてもいい。
今あるものを大切にしながら、これから欲しいものを願っていい。
今を満たしながら、未来へ向かってもいい。

「今の私は、ここにいる」まずはそれを認める。
そして、「じゃあ私は、ここからどうしたい?」と自分に問いかけてみる。
自分を受け入れることと、自分を超えていくことは両立する。
今を満たすことは、未来を諦めることじゃない。

私は、そんなふうに思っています。









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